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Making 1.


bespoke classic
六義RIKUGHI
Making | CLASSIC BESPOKE SHOES




rikughi`s
21st Century
Elegancy




CLASSIC MAKING_Ⅰ___________________________


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六義は独特の靴作りの姿勢をもっています、あくまでまっとうなクラッシックシューズをつくること、一足目からフィットさせる丹念なラストメーキング、そのために納得いくまで繰り返される仮縫い、これは考えてみれば当たり前のことです、

ただ、私の経験上、この当たり前の「靴づくり」が忘れ去られようとしています、






MAKING | 「Measuring」

正しくフィットする靴をつくるための第一歩が、この「メジャリング(採寸)」です、ラストメーカーの大久保によって丹念にメジャリングを行います、

メジャリングには、六義では、実は「メジャー」ではなく、専用の「紙紐」を使います、これは、定規に現れる数値に囚われるのでなく、あくまで「実寸」を計るためです、
大久保のメジャリングはラストメーカーならではの、独特のもので、今では見ることのない専用の計測器なども登場しながら、「その人のラストを削る」ことをイメージしながら入念に足を辿っていきます、


ここで重要なのは、単に、メジャリングだけでなく、足それぞれの肉付きの検証、クライアントの方への大久保独特のインタビュー、足をマッサージーしながら、あるべき「ラスト」をイメージしながら採寸は進められていきます、






MAKING | 「Last Making」

私は、様々なシューメーカーで靴を注文し続けていました、その放浪はもう30年を越えようとしています、その旅はヨーロッパ中を網羅し、まだ日本人の顧客などいない時代にウイーンや東欧の靴など、かなりつぶさにひとつひとつ歩いて試してきました、

そうした体験や、古の靴の探求や、研究を経て、やはり思ったのは「ラスト」の大切さです、そのラストは美しくクラシックでなければなりません、そして顧客の足に沿った精緻なラストをつくるためには何回も「仮縫い」を経て、具体的に修正していかなければ適いません、これが、私なりの結論です、



大久保と出会ったとき面白いなと思ったのは、クラッシックシューズに拘って、自分なりに「フィールドリサーチ」をしていたことと、「僕はラストメーカーです」とはっきりと云ったことでした、


その頃、私はロンドンの或るシューメーカーで、「ジュエル」をテーマに自分の靴をオーダーし続けていました、何でそう思ったのかは、もう確かに覚えていません、ただ、当時、スーツにしても、素材の「質の極限」、「技術の極限」、あくまでクラッシックなエレガンスだが「イマジネーションの極限」を試したかったのだと思います、そのシューメーカに大久保はアプレンテイスト(弟子)としていました、


この頃つくったのは、フロイデルベルグの黒のボックスカーフをムーンタンニングしたグレーの濃淡のビクトリアンのプレーントウ「グレーパール」、赤いモロッコ革の、水引きを模した飾りがついているローファーで、ヒールは黒と赤のストライプにしてある「ガーネット」、ストロングブルーのオーストリッチにコテで金の松葉を散らしたボタンアップシューズ「ラピスラズリ」、特別に染めさせたシャグリーンのガルーシャでつくった舌の長いローファー「翡翠」、、、、などなど

(ただし、2足目まではイメージ通りのビクトリアンシェイプで満足するものだったが、3足目からシューメーカーの事情でアウトワーカーが変わり、当初のビクトリアンシェイプは失われた、それでも丁寧なつくりは納得できたが、5足目のホワイトデイアスキンのスワンネックのキャップドトウオクスフォードで、今度は予告なしに、再度アウトワーカーが変わり、これは、もう私のイメージする姿と質ではなかった、<第一、ホワイトデイアスキンが手に入らず、「エクリュ(オフホワイト)」になったことからも、どこか悪い雰囲気を感じた>ここら辺りが分業体制のロンドンの難しさで、サビルローを含め「イメージ」に対してモノづくりの現場が空洞化しているのは否めない、それで私はロンドンで靴を頼むことは諦め、移動することにした、)、

後で大久保に聞くと、それらの靴はコードウエナーズの学生たちにも評判になっていて、「変な日本人」がいると噂になっていたということでした、



六義の「ラスト」のあり方を大久保と話し合ったとき、先ず「フィッテイングコンセプト」を明確にすることから始めることにしました、

私の経験から言って、真剣にフィッテイングコンセプトをラストに込めているシューメーカーは少ないと思います、

ついトウシェイプやロングノーズというのだけに目がいきがちですが、それは「お化粧」みたいなもので、先ずはボデイがしっかりしていないと話になりませんし、真にスタイリッシュな靴にもなりません、


「ラストメイキング」に関しては、多くの人が誤解と、間違った「情報」を抱えています、

通常のシューメイカーは、ビスポークといっても既成のラストをもとにしているところが多く、それに、メジャリングによって寸法上の補正、修正を加えますが、それは、あくまで「寸法」としての補正でしかありません、だから、ともすれば寸法(数値)はあっていますが、履きにくい靴が出来上がることがあります、

「フィッテイング コンセプト」というのは、数値とは違う次元にあります、


つまり、「履き心地」が良い靴と、「数値」が「あっている」靴とでは考え方の次元が違うのです、仕事のレベルと手間も違います、

変な言い方(或いは真実をいうと)かもしれないですが、ラストというのは、その人にぴったりフィットした履き心地の良い「靴型」であって、決して、その人の「足型」ではありません、そして、「靴」としてバランス良く、美しくなければなりません、


ラストメイキングには多くのことが秘められています、
大久保と私は、古のシューメーカーのラスト、ロンドンをはじめ東欧のバナナラストなどのあらゆるラストを検証し、かつ私の経験から履く側からのフィッテイングの問題点を洗い出していきました、そして、それは日々改良されています、結局、それらは製作を経るにつれ、日本人の足に即し,かつ美しいラストとして変化し、改良され、当初とは異なるかなり独自なものになっていきました、





MAKING | 「Pattern Making」


意外に、細かく討議されていないものに「パターン」があります、
しかし、「パターン メイキング」の上手さ、「本物」であることは、ラストが履き心地と美しさを決定していくように、その靴を本物のクラッシックシューズにするか、まがい物にするかの大きな役目を背負っています、

東欧などで、英国のフルブローグやオクスフォードを頼むと、どこか違うような気がするのは、ラストの形状とともに、パターンの違いにあります、形はフルブローグでも、カウンターのバランスなど細かく違っているのが、結局、「クラシック」な本物になりきれないのです、

大久保も私も、クラッシックシューズの「本物」のデイテールとバランスに拘っています、親子穴ひとつも、ひとつの靴のパターンのなかで、大きさを微妙に変えることもあります、
むしろ、この「パターン」を研究して、「クラッシック」をより美しく進化させたいと思っています、パターンメイキングは大切です、その美しさを本気で研究し、拘って試行錯誤しているところは今や少ないと思えます、


六義のビスポークサンプルのなかには、伝統のクラッシックとともにエスプリの効いたデザインも用意してありますが、気をつけているのはデザインが先行しないで、クラッシックのテクストに美しく納まることです、その意味では、大久保のパターンメイキングは上手いと思います、




いかにクラッシックな美しい線を描けるかとともに、パターンメイキングにおいては、釣り込みを意識した「正確さ」が要求されます、


例えば「釣り込み」は、職人によって異なります、職人ごとにくせがあります、
例えば、釣り込む「力の強さ」にたいして、履き口のパターンが浅ければ、結果として履き口の位置は下にさがってしまいます、これは冗談でなく、ラストメイカーとシューメーカーが異なる分業体制の英国の靴にはまま見受けられます、履き口が落ちてしまっているのです、

或いは、これは、製甲、釣り込み、とも関連しますが、靴の中心が曲がった靴さえ見受けられます、


確かなバランス感覚と、クラッシックの美しさ、「正確さ」、パターンメイキングの「美しいクラッシックシューズ」を生み出すためのこれらの要素は、もっと深く研究されるべきです、






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MAKING | 「Fitting (Fitting Shoes) 」



フィッテイングは、六義の最も拘る所のひとつで、それは、「Fitting Shoes」の在り方にも現れています、
オープン以来、ハウスラストや材料が果てしなく改良され続けているように、実は「Fitting Shoes」も「改良」され続けています、

やり続けている限り、実作業のなかで改良していきたい点は出てきます、逆にいえば、実作業というリアルな時間をかけなければアイデアや次の次元へ繋がるクリエイテイブは生まれません、
そうしたことを出来る限り先入観や常識にも囚われないで、先ず、実直に試すことを大切にしています、



例えば、英国製の優れているという底材は、アトリエにはストックされていますが、いまやこれは使われていません、

確かに耐久性に優れ丈夫ではあるが、「硬すぎる」と思います、
底材のベストは、良い生地と同じようにタイトに目が詰まっていて、「柔らかく」かつ「耐久性」に優れていることで、数十回のテストでほぼ理想のものができた今は、この「有名」な底材をつかうこともなくなりました、日本の靴好きな人は、雑誌などで紹介されたこともあるこの底材を、その名で信じ込んでいる人もいて、「マーケテイング」的には「売り文句」になるのかもしれませんが、どう理屈をつけても「硬い」靴は履き心地がストレートに硬いと思います、


六義の「Fitting Shoes」は、コルク底にしてある以外は本番と同様に仕上げられます、
ここで試されるのは「数値」ではなく、実際の「履き心地」という次元での検討で、「Fitting」ということをリアルに捉えようとしています、

言葉では説明しずらいですが、いかに心地よく、日中を通して足を支える靴底であるか、歩行にあわせてしっかりと足を包む踵、甲、履き口であるか、これらは、単に足の形だけでなく、「脚」そのものの形、「歩き方」そのものでも違ってきます、
つまり、当たり前ですが、「足型」で止まっている限り、フィットする次元にはたどり着けないと思います、


ここで気がつくのは、現代日本人の足のほとんどが「外反」気味で骨が出ていることで、これは合わない「既成」をはき続けていることにもあると思います、



多くの人がストレスを感じながら靴をはいています、「靴をならす」とかほとんど意味不明の言葉には正直、呆れてしまいます、どだい靴に足を合わせるのは無理なことで、靴は足にあわせるもので、その美しさは丹念な仕事が生まれます、






MAKING | 「Last  RE-Making」


「Fitting Shoes」での「仮縫い」をへて、ラストは再び、大久保の手によって修正されます、ここからが、実は重要な仕事のステージで、真の意味で「Bespoke」の本質だといえるでしょう、


「仮縫い」を繰り返し、それに合わせてラストが何度も修正される、その「仮縫い」では、クライアントとラストメーカーの間でさまざな会話が交わされます、これこそが「ビスポーク」で、そうでなければ美しく、フィットの良い靴は生まれないと誰しもお分かりになるはずだと思います、


残念ながら多くのシューメーカーが、ここからのステージを「効率」の名の下に省こうとしています、しかし、ビスポーク「ヘビーユーザー」の私が欲しかったのは、むしろここからのステージです、




正直にいうと、初回の「仮縫い」では多くの「失敗」があります、逆にいうとこの「失敗」を事前に明らかにし、「足型」ではなく、「履き心地」という点での問題点と、修正点がクライアントとシューメイカーで話し合われ(「Bespokeされ」)なければいけません、

ここから、仕事は、「数値」とは離れた次元に入ります、

フィッテイングというのは、履き口を何ミリ削るか、踵をあと何ミリけずるかというだけでなく、その靴に足を入れ、試し歩きしたときのクライアントの感覚を含めて行われます、どこかが当たるとか、どこかがユルイだけでなく、足をいれて歩いたときに「硬く」感じたり、或いは「柔らかく」感じたり、という「感覚」です、その感覚には必ず訳があって、大久保とクライアントはそれを、抽象的な言葉をも含めて探り出していきます、


トウシェイプも、例えば六義のスペシャリテイである「アーモンドトウ」も厳密にいえば、ひとひとつの靴で変化させています、履き口の長さのバランスも、靴そのものだけでなく、日ごろ履くトラウザーズの裾幅によっても変えます、

こうした、まさしくその人だけのスタイリッシュな特別の「Bespoke shoes」をつくるためには、靴単体だけでなく、その靴を履いたときの「バランス」を捉まえる美意識が必要になってきます、

誤解を恐れずにいえば、六義で目指しているのは、「履いた時に美しく」、「履き心地の良い」靴に他ありません、


日本に帰ってきたとき思ったのは、服に「美しく」靴を合わせた人が少ないことでした、


けして、観賞用の靴をつくるつもりはありません、いかに凝ったつくりをしたとしてもそれは美しく「履きこなすための靴」です、


大久保は、私がクライアントの方の仮縫いや、仕上がった服のチェックをしているとき、しばし、作業の手を休めて、階段に腰をおろして(一階が靴のアトリエで、テーラーは地階にある、そして紅がら色に染めた階段がそれを繋いでいる)熱心に様子を見つめ、やりとりを聞いています、それが、とても大切なことだと思います、

そして、そのクライアントの方が靴も頼まれている場合は、仮縫いでスタイルが決まってくると、大久保の方から、「今度の靴は、そのスーツに合わせて、トウシェイプをシャープにしましょうか」とか「少しピッチドヒールにしましょうか、」と彼なりにスタイルを租借して「提案」をしてきます、これが大事なのだと思います、


当然ながら、私も「いや、それはやりすぎだ」とか、「今回は少し、トラウザーズの幅をせばめたので、それに履き口をあわせてくれ」とか答えます、もちろん、クライアントの方もそれに意見を出します、それに、また大久保の反論が重なります、、、これが、「Bespokeの現場」の愉しさだと思います、






MAKING | NEXT-Fitting(2nd Fitting Shoes)」


二足目のフィッテイングシューズは、修正したラストにあわせて、またゼロから全く新しく作られます、


この時点で、我々はすでに「2足の靴」をつくっていることになります、

六義のフィッテイングシューズは、コルク底を除いて、通常の使用にも耐えられるぐらいのまさしく「完成品」にしています、

私の経験上云えるのは「完全なフィッテイングシューズで仮縫いをする」シューメーカーは少ない、ということです、
大概が、踵のない「そのまま本番で使われるアッパー」をつかった「座ったまま」行われる簡易な「仮縫い」か、或いは室内で数歩歩く、これもおよそ「仕上がりがわかる」とは云えない簡易靴でのフィッテイングが多いような気がします、


これを「フィッテイング」と呼べるのかどうか、私には常々不満でした、逆に、一足目から「理想のフィッテイングを目指す」ということをシューメーカーが真剣に考えているならば、いかに天才でも、そして作る側にとってもこれでは「不安」が残るはずだと思います、


本番同様に、サイドライニングを入れ、正確なパターンを切り、正直に釣り込まれた「フィッテイングシューズ」で、クラインアントには、店内の階段を昇り降りしてもらったり、場合によっては店周辺を歩き回ってもらう、クライアントの方の「抽象的な」感想にも我々はそれを真摯に受け止め、その真意を具体的に探ろうとします、

「フィッテイング」という意図を明らかにするためには、この「完成されたフィッテイングシューズ」がどうしても必要で、ここで、クライアントの方とシューメーカーが、はじめて「完成されるべき」靴のイメージを「共有」できると思います、

この「フィッテイングシューズ」をつくるには実作業で約一ヶ月を要します、そして、必要ならば何回も繰り返されます、あきらかに、「効率」には反するでしょう、


我々は迷いながらも、まっとうなクラッシックシューズをつくれる、まっとうな「靴屋」をめざしています、この「フィッテイング」では、クライアントの方と大久保は、理想とする美しく、一生愛せる靴をつくりあげるために、真剣に「やり合う」べきです、


「ネット」で交わされる生半可な「知識」や誤った「情報」を捨てて、ストレートに自分が欲しい「一生愛せる靴」を考えて欲しいと願っています、









「BESPOKE SHOES 六義」
中央区銀座一丁目21番9号
phone 03-3563-7556 e-mail bespoke@rikughi.co.jp(appointment required 要予約)

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by bespokerikughi | 2008-11-27 17:45 | 1.Classic Making Ⅰ