<   2009年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧

Making 2.




bespoke classic
六義RIKUGHI
Making | CLASSIC BESPOKE SHOES




rikughi`s
21st Century
Elegancy



CLASSIC MAKING__Ⅱ__________________________


f0191114_17232538.jpg
 

MAKING | 「Clicking(裁断)」

「パターン」にあわせて、革を裁断することを「クリッキング」と何故かシューメイカーは呼んでいます、


カーフ(牛革)の場合、一枚の革は2メーターを越す大きさをしています、しかし、六義の場合、ここからクライアントの靴として取るのは、よくて一足半、場合によっては一足分しかありません、

つまり、一枚のカーフから最上等の部分のみを切り取っていくわけです、

いまや、ビスポークシューメーカーでも「Aランク」と「Bランク」あたりまでは使用するところが多いと聞きますが、六義ではそれはやりません、

私は、昔、或るルーマニアに工場をもつ「ビスポーク」シューメイカーのアトリエを訪ねたとき、革をひろげながら、「革の部分にはランクがある、Aランクがあたればラッキーだ」と平気で言われたことがあります、そのこともあって、六義では、どのクライアントにも「最上部分」しか使わないと決めました、


困るのは、同じタナー、同じ値段でも革は一枚一枚で、質が違うことで、大久保は、数十枚を見て、納得いくものがあるまで買いません、


良い革は、目が詰まっていて切り口もスパッと切れます、厳密に言えば革も伸びる方向が部分によって違っていて、それを計算しながら切り口が正しく垂直になるように丹念に裁断していきます、革を見る熟練した目と集中力が必要なのです、

革を「切る」という作業を実際に思い浮かべて頂ければ分かるように、正直、緊張を感じる作業で、切り誤りは許されません、そのために、あらかじめどの部分を、どのパーツに使うかを見定めるプランと、道具も入念に手入れをして準備をします、

そして「道具」にも職人の工夫と秘密が潜んでいます、

大久保は、ちょっと変わった道具を使って、クリッキングに臨みます、





MAKING | 「Closing 製甲(アッパーの製作)」


こうして切り取られたパーツを縫い合わせることを「製甲」と呼びます、

どの作業にも云えることですが、職人の腕の確かさで、同じパーツ、同じ素材をつかっても驚くほど仕上がりは違います、


製甲のうまい職人は、なにより事前の「仕込み」が丁寧で綿密で、これが何より大切なことです、
これは、どの仕事でも同じことで、精度の高い仕事は正直で賢い「仕込み」から生まれます、そして、上手い職人は、「早く」て仕事が美しい、下手な職人は「遅い」うえに仕事が汚い、そして、上手くて才能に溢れた職人の「手」は、「進化」していきます、


六義では、常に「道具」を含めて作業を革新することを目指しています、多分、「靴づくり」に登場する「道具」ひとつひとつも、他のシューメーカーの「常識」からみると驚かれると思います、もはやアンテイークと呼べそうな古の道具のコレクションや、特注品などだけでなく、意外に現代的なものをも活用しています、



「仕込み」というのは、合わせるパーツの端を薄く削ぐことから始まり、パーフォレーションやアイレットに仕込む薄い革など、単純に縫い合わせるだけでなく、釣り込んだ際に下手なひずみやふくらみが生じず、美しく釣り込まれるように入念なプランが練られます、現実の仕事には職人独自の多くの「秘密」が潜んでいます、
六義のビスポークシューズにおいては、そのステッチの細かさとともに、「途中でステッチの流れを止めない」で美しく連続して「描く」ことを大切にしています、

一筆書きのように、端から端まで一気に繋ぐステッチを、異常に「細かく」、しかも「ブレルことなく」縫い上げるのには、相当の鍛錬と集中力を要するのは云うまでもありません、




MAKING | 「Lasting 釣り込み」


同じラストでも、釣り込みによって違う靴が出来上がります、釣り込みは、単に強い力で釣り込めるだけでなく、あらゆる方向から丹念にラストに「のせていく」ことが問われます、

この「ラストにのせる」という時点で、技術とともに、「美意識」が問われます、この「美意識」というのは、例えばトウシェイプの「つくり方」です、トウシェイプはラスト上で「つくった」だけでは、理想のものは生まれてはきません、

同じラストでも職人によってトウシェイプは違ってくるのです、

私も経験がありますが、分業体制のロンドンのビスポークメーカーでは、同じアトリエで頼んでも、同じラストであるはずなのに、一足ごとに(或いは何足目かは)トウシェイプが違って見えるのは、それは確かに違うのです、つまりアウトワーカーが違っているから、当然、その釣り込み技術によってトウシェイプだけでなく仕上がりそのものが違ってきます、これを覚悟しなければいけないのが、今の英国の現状なのです、


六義でラスト製作とともに、最も重要視しているのは、この釣り込みでの「美意識のある技術」で、私の経験から云えば、釣り込みでトウシェイプの「つくり方」までを認識していて、それが美しく出来る職人は世界をみても、そう何人もいないと思います、

六義で拘っている「アーモンドトウ」が可能なのは、この「美意識のある釣り込みの技術」があるからに外ありません、

「アーモンドトウ」には技術と美意識が必要です、ラストメイキングのときと同様に、釣り込みでも、意外にスクエアのチゼルトウは硬い「直線」なのでやり易い、つまり、つくる「方向」が確定し易いのです、

アーモンドトウは、左右非対称にフリーハンドで柔らかく優美な曲線を描いていきます、その優美な柔らかな曲線が命で、ここに職人の技が生きています、つまり、職人の「美意識」と「技術」で左右されるのです、

だからこそ、いまやヨーロッパでも面倒で、技術が問われる「アーモンドトウ」は敬遠され、それをやるところは少ない、しかも、私の経験では、クラッシックで優美なアーモンドトウに出会うのは稀で、いまや中途半端な名ばかりの「アーモンドトウ」が多いと思えて仕方ありません、


釣り込みは、先ず「仮釣り込み」での確認から始まります、これは、先ずパターンがラストに対して「正しく」のるか、或いは出来上がった製甲に不具合がないかを先ず丹念に確認します、ここで不具合があれば当然、やり直しになります、確認だけでなく、「仮釣り込み」には本釣り込みでのガイドラインを示すという意味合いもあります、











MAKING | 「Bottom Making  底付け」

ソールはアッパーと一体化した美しさを持たなければならない、ソールの上にアッパーが「乗っかている」のではなく違和感なくひとつの美しいクラッシックシューズとして同体化していなければなりません、


先ず、「踵周り」への拘りがあります、踵からソール、ヒールへと一体化した美しいラインが違和感なく繋がらなければなりません、美意識をもった職人は踵からヒールへと優美な弧を描くように、丹念に底付けを仕組みます、ただし、「極端」は好みません、あまり極端に細いベベルドウエストをアトリエとしては好まないように、あくまで美しいクラッシックを目指したいと願っています、

コバは、均衡を見ながら少し狭く削られます、
コバとヒールの仕上げについては「クラッシックデイテイール」の項でも書いたように、色を染め、削り、また染めるという手間のかかる作業を重ねて味わい深い「グラデーション」を出して、磨きこみます、

巷間、シャンクなどの素材について誤った認識があるようですが、「ビスポークシューズ」のシャンクは革が鉄則です、よほど体重の重い人にはそれを支えるために金属を使うこともありますが(木製やプラスチックは折れることがあるので論外です)、すべて革で出来ているのが「ビスポークシューズ」です、



靴づりのすべての作業は関連しあい、もっと言えば何と関連しているかといえばラストと関連しています、極論すれば靴の履き心地と美しさはラストで7割りは決まってしまいます、(そして後の多くは各部所の素材のあり方だと思います、)








f0191114_17294756.jpg

大久保のラストは、アッパーだけではなく、実は底面に拘りがあります、ラストをひっくり返してみれば分かるように、底面はクライアントにあわせて土踏まずは深くえぐられ、踵も丸みをもち、かなり婉曲し、立体になっています、(写真<上下共に>は、仮縫いを経て完成したクライアントのラストの底面そのままを、丁寧にうつしとった中底、かなり婉曲し、足底に即しているのがわかる)これが、ビスポークのラストの醍醐味です、そして、これが確実に履き心地を決定します、




六義のスタート時に、アトリエとしての明確な「フィッテイングコンセプト」について話し合ったとき、私の経験上からも大きなポイントにしたのが、この足の底、足の納まり具合への追求でした、アッパーと同じく、或いはもしかしたらそれ以上にフィッテイングの秘密がここにあります、

ラストの足底は、クライアントそれぞれの足の形に、フィッテイングを重ねながら形作られていきます、これは、まさしくクライアントそれぞれで違っています、フィッテイングを重ねないと辿りつけない極めてパーソナルなものと云えるでしょう、

そして、このラストを生かすのがビスポークの底付けです、
グッドイヤーの既成靴は、どんなに値段の張るものでも、ラストの底は平面的です、考えればわかるように、立体の足を平面の中底に合わせると「硬く感じ」、そして半日もすれば足が疲れてしまいます、


しかし、グッドイヤーでは底面が立体的で婉曲したラストは「使え」ません、

ビスポークシューズでは中底に「溝」をおこし、釣り込まれたアッパーとウエルトを一体化するように手で縫われますが、

ご存知のように、グッドイヤーの既成靴では、「リブ」と呼ばれる布の細い「帯状」のものを中底に接着剤ではり付け、
そのリブとアッパー、ウエルトを機械で縫っていきます、このときラストの底が平面であるほうが当然作業はやり易い、つまり、上下、左右に婉曲する底が「「立体的」なラストの中底は当然、同じように婉曲して(「ねじれて」)いますから、そこにリブを這わせて機械で縫うことは「効率」を追う既成靴では作業上不可能なのです、

また、溝を掘るためにビスポークシューズの中底が「分厚い」のに対して、リブを這わせる既成靴の中底は本当に「薄い」、これも履き心地を左右する一因でしょう、

もっと言えば、「ひとつの靴」として手で縫われるビスポークシューズにくらべて、中底がリブを介して「間接的」に機械で縫われいる(つまり、グッドイヤーでは中底本体ではなく、中底に接着したリブとアッパー、ウエルトが縫われる)既成靴では、厳密にいえば中底とアッパー、ウエルトが「一体化」していないと云えます、誤解を恐れずにいえば、本来、「ひとつの靴」であるべきものに、「リブ」という異質な「抵抗」が潜んでいます、


これが、歩行時に靴が曲がったときに、「硬さ」、運動に対する「抵抗」を生じさせるのです、つまり歩行という足の「動き」に靴がついてこないのです、一体化した「革」のしなやかさを感じられないのです、


往々にして既成靴がアッパーに対して、底の「硬さ」を履き心地に残すのはここにあるのではないかと思います、そしてそれはストレスとなります、


ビスポークシューズはすべてが「革」で出来ています、一体化した「革」の柔らかさと「頑丈さ」をもつべきもので、この「革」がもつ味わい深さの本質を愉しむのが「靴」というものだと思います、






そして、もちろん素材があります、中底(もちろん本底についても)の素材については大久保は随分迷い、試行錯誤のうえ今の素材に辿りつきました、良い素材は、肌理(きめ)が細かく目が詰まっています、ナイフで切り取ったとき切り口の繊維が毛羽立つことなく、すっぱりと切れます、

アッパーのクリッキングと同様に、底材についても表面、そして裏面が均一で皺や傷がなくすべらかに仕上げられている部分を選び取って切り取られます、






MAKING | 「仕上げ」 そして、「生物」としてのビスポークということ


ソールは、ガラスを使って整えられ、靴墨が塗られ磨き上げられる、ヒールの形状、大きさは靴のバランスによって決められます、


ラバーは、通常は楔型に一枚のラバーから切り取られ踵にはられます、底面の仕上げ方、踵の飾り釘は特別、指定がない場合はハウススタイルにのっとて仕上げられますが、好みのスタイルがあればそれに順じます、

丁寧に仕上げをしながら、大久保は細部にわたってチェックを行います、六義の場合は、クライアントの手に渡る前に大久保によって靴は丁寧に磨き込まれます、


我々は、こうしてつくられたビスポークというのは、「生物」だと信じています、靴だけでなく、ビスポークシャツ、スーツにおいても、クライアントと生涯をともに生きていく「生物」だと思っています、


私の経験で云うと、「ブール」という靴屋で誂え始めた頃、目から鱗だったのが、この「生物」としての靴の捉え方でした、上手く説明できないが、親父さんが足底のあり方とかパターンのあり方とかを説明してくれて、一足ごとに自分の好みが形となって現れることが愉しみで、その「靴」は、それまでの靴と違ってまさしく「自分の靴」だと初めて強く確信できました、

これが既成との「違い」だと思います、ただ時代が変わって残念ながらそういうモノづくりをする靴屋も少なくなりました、靴屋だけでなく、仕立て屋も、なによりつくる本人たちが「知らない」のが大きいと思います、

六義のスタイルが他と違っているとすれば、それは「生物」として靴や服を捉えているからに違いありません、あとはそれに従って実に「当たり前」に、出来うる限り「正直」につくっているに過ぎないと思います、


だから、「効率」を無視してまで幾度にもわたるフィッテイングが必要であり、

だから、そうして創り上げられたラストに最大限、忠実なつくりであろうとしていて、

だから、底材にいたるまで素材と良質な部分のみを使うことに拘る、

そして、修理が必要なときだけでなく、一年に一度はアトリエにお持ちいただくことをお願いしています、


持ち込まれた靴を、大久保はラバーを替え、靴底の磨耗の具合を調べ、磨きあげながら再度調べ上げ、クライアントの方の意見を聞きだします、場合によっては大久保は修正を加えるかもしれません、


ビスポークは生涯にわたって愛用すべきもので、そうでなければいけない、我々が美しいクラッシックに拘るのはそこにあります、そしてクライアント特有の「遺伝子」をそのなかに、確かに残すことを目的としています、
いまや本当に「ビスポーク」といえるものは年々数少なくなっているように思えて仕方がありません、我々が幾度もくりかえされるフィッテイングに拘るのは、それがクライアントの遺伝子を具体的に残す大切なセッションで、それがまさしく「ビスポーク」そのものだと確信しているからです、そして、そこからしかクライアントに即した「婉曲」した中底なども生まれないし、「スタイル」も生まれないと確信しています、






「BESPOKE SHOES 六義」
中央区銀座一丁目21番9号
phone 03-3563-7556 e-mail bespoke@rikughi.co.jp(appointment required 要予約)

無断転載、画像の無断複写を禁じます。
copyright 2009 Ryuichi Hanakawa & RikughiCO.,Ltd.

by bespokerikughi | 2009-01-04 04:52 | 2.Classic Making Ⅱ